呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

アインシュタインの後悔 と防衛と問題のレベル 極端なサンプル

しばらく前にテレビで見たはなしだから、どこまで本当かはわからない。

だけど、テキストの、どこにあったかわからないけど、

「防衛は、まさにそれが防ごうとすることを行う」と、

『覚醒のレッスン』巻末の、平安のツール⑦の、

「Aについて動揺することは、わたしの罪悪感と恐れの原因と思われる、

Cを引き起こそうとする別の試みにほかなりません。」

というのをよく示していると思った。

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広島や長崎の原爆の発端になった、

マンハッタン計画のきっかけになったのが、

アインシュタインが、Aナチスが原爆を開発しているらしい、という

情報を聞き、「C1ナチスがC2原爆を実用化して、実戦で使えるようになったら、マズい。ナチスが圧倒的に有利になるし、

もし実戦で使いでもしたら、多くの犠牲者が出る」と考えて、

確かルーズベルト大統領に、

E「もしナチスが原爆を実用化しても、アメリカも原爆を開発していれば、

抑止力になり、ナチスが原爆で先制攻撃できなくなる。

だから原爆を抑止力にするために、開発するべきです」

という手紙を送り、マンハッタン計画がはじまったが、

実はナチスは原爆を開発しておらず、結果的にC2アメリカが、

世界ではじめて、原爆を実戦で使う国になってしまった。

アインシュタインは、Bアメリカや、他の国の人たちをナチスの脅威から

守りたい、という切実な気持ちから、E抑止力として原爆を開発するのを提案したけど、

結果的に、むしろ、アメリカが原爆を実戦で使うきっかけになってしまったことを、「わたしは、ただ良かれと思って、平和を守りたかった。日本の人たちには、申し訳ないと感じている。」というようなことを言っていた、らしい。

デイビッドが、時空の世界で、形をいじくり回して問題を解決しようとしたら、いつも罪悪感を感じることになる、と言っていた。

どこまでテレビのはなしと自分の記憶が本当かはわからないけど、

このストーリーでは、

出来事、 知覚A  ナチスの原爆開発

について考えるとき、

感情B 不安、プレッシャー、なんとかしなきゃ、防がなきゃ

と感じる。

思考C  なぜなら、 C1原子物理学を研究した自分や、ヒトラーが責められるべきであるし、

未来に C2 原爆の投下が起こるのを恐れているからです。

信念D これらのことは、わたしが 原爆に責任があり、アメリカには抑止力が足りないことについて正しいことを証明しています。

望ましい状況、出来事E

アメリカが抑止力として原爆を開発する

アインシュタインの思考と行動が、良かれと思っての善意だったけど、

未来への恐怖Cから出発していて、

未来の安全を確保するためのE「計画」が、結局は、

A間違った知覚に基づいていて、

Cこれだけは防ぎたいというまさにそのことを引き起こしたというのが、

平安のツール⑦の文章や、防衛はまさにそれが防ごうとすることを行う、

という教えと一致していると感じられた。

「問題は、その問題と同じレベルでは決して解決しない」

というアインシュタインの言葉は、

Eアメリカの原爆でナチスの原爆を解決するという、行動レベルで、

問題Aナチスの原爆を解決することはできなかった、

真の訂正は、B、C、D、Eの思考や信念や願望のレベルでしかあり得なかった、

ということだったのか?

コースの、「自分で判断してはならない、

これが罪悪感から脱出するには必要であり、

個人は、正しい判断をするのは到底不可能だし、

そもそも、正しく判断できたためしは最初から一度もない」

「あなたの善意だけでは足りないのである」

というのも、思い出した。

奇跡に難易度の序列はないという原則から、

田んぼに大便を投下するのも、原爆を投下するのも同じなのか。

引用は、中央アート出版社『奇跡講座テキスト編』

ナチュラルスピリット『覚醒のレッスン』より。