呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

自己保身 ビビり 焦り

去年か?

のりこさんやラファエルたちの撮影についての記事を読んで、

インタビューを撮影していると知り、

ビビった。

真我なるハートの勉強会とか、リトリートに参加したいけど、

今、こんな個人の心をオープンにするようなことをやっているのかよ。

怖すぎる。

映画撮影が終わってから、比較的に安全な状態になってから、

参加しよう、、

と思っていた。

『Take me home』の撮影がもうすぐ始まるという時期、

映画撮影として、リトリートやセッションの様子を撮影するのが前提で、

リトリートを開催します、とデイビッドたちが告知したら、

「参加者はゼロ、アッハッハッハ!でも気持ちはわかります。」

とデイビッドは言っていた。

そりゃそうだよなと思った。

今でも、輪に入るのが怖い気持ちがある。

ひとりでいるのは寂しいからイヤだが、かといって、

完全にコミットして参加するのはリスクが高すぎる。怖いし嫌だ。

正直ライブ配信を見ていて、ある男性の方が過去のエピソードの中で、

一方的に攻撃されているように見えてしまい、

「真我なるハートの男性の方たちは、みんな優しくて穏やかそうだし、

男は一方的にいじめられてるんじゃ?」

と不安になった。

これは間違った知覚だろう。

オープンなコミュニケーションで

傷ついたり、不安になったり、自分の見たくなかった執着を見たり、

憎悪やら嫌悪が出てきたり、そういうのは、やはり、

怖い。

というわけで、つかず離れず、危険すぎず、近づき過ぎず、の位置に、

留まっている。

YouTubeターンエーガンダムの無料配信で、

グエンという男性キャラが、最終決戦、ヤマ場のクライマックス間近で、

「リスクはあるが、戦場から離れすぎるわけにはいかん。

かといって、近付き過ぎたらヤバイ。」

という、リスクある戦場に出て、活躍したいが、

しかし、傷ついたり、死ぬのは怖いから、

中途半端な位置に留まる。

という、いかにも人間くさい、自己保身と、活躍欲求の葛藤した、

中途半端な立ち回りをしていて、まさにオレじゃん、と思った。

ひとりは安全。波風立たない。

こんな中途半端な状態でいる自分は、みんなから、どんどん置いてきぼりにされる。

焦り。

中途半端な停滞感を打ち破りたい気持ちが出過ぎて、

YouTubeライブチャット欄で話してしまったり。

かと思えば、デイビッドがツイッターで関わってきて、

またビビったり。

ハァー、なんていうか、自分の臆病さ、迷い、弱さが嫌だ。

臆病で、弱い自分を克服したいから、

人は格闘技やボクシングをやったり、

筋トレをやったりして、強くて自信のある自分を完成させて、

迷いや臆病さ、自信のなさとは無縁になりたがる。

弱さを克服するためには、現状から脱するには、

勇気出して前に進まなきゃ、というのも、なんかイヤ。

プレッシャーがある。

どこかに到達するために、頑張らなきゃ、頑張らなきゃ。みたいな。

かといって、何もしなきゃどうにもならないし、、というジレンマ。

恐れと躊躇。

ファンクションしたり、勉強会に参加してる人たちはすごいよなぁ、

一方オレは、、はやく追いつかなゃならない、という感じ。

もはや、何が正しくて、何が間違いなのか。

テキストのどこかで、

「あなたは、前に進むことを恐れるが、留まることも恐れ、

物音に怯えるが、静寂はなお恐れている」

とあったけど、まさに、その状態。

引用は、『奇跡講座テキスト編』中央アート出版より