後悔 平安のツールとデイビッドたちの動画
Zoomミーティングに参加させていただいた後、上がってきた思考。
自分は、奇跡講座を始めてから数年間、学習者の集まりに参加するのが怖かった。
奇跡講座を学ぶ人と話せないという孤独感、欠乏感はあった。
でも参加したい、学習者の仲間と経験をシェアしたり、
分かり合える関係を持ちたいという気持ちがあまりに強すぎて、自分が学習者の集まりに執着してしまうのがわかってたからなのか、
もうひとつは、逆に、若い頃から奇跡講座を始めた自分を認めて欲しい、
みたいな特別性への執着があったから、
その執着と直接向き合ったり、
または逆に劣等感を感じるんじゃないかとか、
関係を持つのが逆に自分に不幸をもたらすんじゃないかという恐怖もあった。
エクスプレッションに参加させてもらうと、
外見や年齢や経歴が違っても、
心で考えたり感じたりしてることはたしかに同じなんだ、違いや特別性より
同一性がリアルなんだ、と心のつながりを感じ、孤独感、分離感が消えた感じがする。
そこで、「もっと早くからミーティングに参加すればよかったのに、
そうすれば、もっと孤独感から解放されて幸せだったのに、
奇跡講座の実践も進んだはずなのに」
という後悔、過去を修正したい気持ちが上がってきた。
出来事、 知覚A
ミーティングに参加できなかった期間があること
について考えるとき、
感情B 後悔
と感じる。
思考 なぜなら、 C1自分が責められるべきであるし、C2未来に勉強会とかミーティングとか、赦しを学んで幸せになれるチャンスを逃す が起こるのを恐れているからです。
信念D これらのことは、わたしが 孤独であることについて正しいことを証明しています。
望ましい状況、出来事E 「もっと」早くから参加していれば
祈り 願い 今あるがままではない何かへの願いが、あなたを神の平和から遠ざけ続けています。あなたが真に求めるものをもたらしてくれる唯一のゴールと再び一致するため、今、心の平安を受け入れるために、この欲望を聖霊に捧げる意欲はありますか?
デイビッドは、https://youtu.be/LmJK93uK5BM
この動画の7分くらいで、夢の中のシンボルは赦しのために使われるべきであり、シンボル自体は目的ではない、という文脈で、
「思い出して下さい、私たちの目的は赦して、真の現実に目覚めることです。
ない混ぜになった感情が上がってくるときは、心配をもたらすことになるあらゆる夢の現実性を信じることと同じなのです。
なぜなら、結局のところ、夢のシンボルはリアルではなく、愛がリアルで、スピリットはリアルだけど、夢のシンボルはポインターだからです。」
と言っていた。
この動画では、時空の世界は過去であり、形のレベルや脚本に選択があるという考えは間違っている、という趣旨のことを言っている。
確かに、学習者の集まりであれ何であれ、それ自体がリアルな目的になると、特別な執着になる。
それさえあれば幸せなのに、という感じになる。
未来に失うのが怖くもなる。
何というか、形のレベルでベストの選択をして、ベストの脚本を選ばなきゃ、うまく判断しなきゃ、じゃないと幸せになれないというプレッシャー
もある。
L1この場所に見えているものには、何の意味もない。
L5わたしは自分が考えているような理由で、動揺しているわけではない。
L6わたしが動揺しているのは、存在しない何かを見ているからである。
L7わたしは過去だけを見ている。
L8わたしの心は過去の考えにとらわれている。
中央アート出版『奇跡講座ワークブック編』より引用