呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。デイビッドはDavid Hoffmeister氏で、ワプニック博士はKenneth Wapnick博士てす。MWGEはコース学習者のための映画紹介サイトhttps://mwge.org/ です。

無職のススメと、映画リトリート「Life or something like it」邦題「ブロンド・ライフ」

https://youtu.be/o9pOCvx2bhc

「Life or something like it」は、

アマゾンプライムで日本語字幕版が無料でした。

少し前に書いた「最高の人生の見つけ方」と同じく、

世間が羨むような恋人や仕事、美貌を持ち、

やり手の活躍してるキャリアウーマンの主人公が、

突然寿命があと一週間になってしまい、

人生の意味や目的を問い直す、という感じの作品。

英語のタイトルは、本物の人生か、見た目だけ派手なニセモノの人生か、

ということなのか。

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何年も会わない誰かと久しぶりに会う場合、

「久しぶり、今どこにいるの?仕事何してるの?」と聞かれるだろう。

それが怖くて、見下される、バカにされる、

社会のヒエラルキーの下の、あまり価値がない存在、

社会の役に立ってない、貢献してもいない、

「真面目・働き者・勤勉」で世界に名高い日本國民の義務である、

「普通に働くこと」をしていない、非国民、

戦国時代の穢多非人みたいに、蔑まれる者、と見られるのが嫌で、

子どもの頃から知ってる人とか、同級生と話すのが怖くて嫌だった。

同窓会とか、親友の結婚式やらが仮にあっても、行きたくなかった。

でも、前の記事でも書いたけど、ちょっと前にフェイスブックで、

風景写真を集めたストーリーズをアップしたら、

間違えて「はい、いいえ」のボタンが写真に表示されるアンケート機能を

つけたままにしてしまい、何人かの人が、「はい」と答えてくれた。

その中に、5歳の頃から好きだった人がいた。

その時、「自分の寿命が仮にあと3ヵ月だったら、この人にだけは、

子どもの頃、言えなかったことを言いたい、

自分の寿命があとわずかなら、躊躇せずに、言うはずだ」

と思い、小さな頃から、ずっと好きだった、とか、

迷惑をかけちゃって、謝りたくても怖くて謝れなかったこと、

小さな頃からずっと、言いたくても言えなかったことを言った。

今の自分は、社会の物差しで言えば、見下される立場だろうけど、

仮に寿命があとわずかなら、ここで躊躇する選択肢はない、と思った。

言えたら、長年の胸のつかえがとれたようで、

爽やかな風が吹き抜けるような、しかも胸が暖かい良い感じだった。

ただ、相手には迷惑じゃなかったか?自分と違って、忙しいし、

自分は自分の言えなかったことを言いたいという、

ある種の自己利益のために、相手を利用したんじゃないか、

果たしてこれで良かったのか?という思いもあった。

それと、「最高の人生の見つけ方」の記事でも、寿命があとわずかなら、

躊躇や遠慮をしてる場合じゃない、と書いたけど、

死に至る病にかかったこともない、深い人生経験もさして多くない、

比較的にまだ若い自分が、こんな、さも人生を達観したようなことを、

書いてよかったのか?

たしかに、胸に迫る、本当にauthentic だと感じられたテーマだけど、

身の丈に合ってないと思われるか、という後ろめたさがあった。

そんな時にちょうどアップされた、

「Life or something like it」の解説を見て、

もしかして、アマゾンで無料で見れるか?ダメ元でもいいやと思ったら、

運良く無料で見れた。完璧なタイミングだった。

映画の序盤あたりで、

寿命があと一週間で心底追い詰められた主人公レイニーに、

レイニーを本当は好きだけど、嫌いなフリしている男性ピートが、

「もし寿命があとわずかなら、オレなら、

大切な人に言いたくても言えなかったことを言うよ。

例えば、、」と、レイニーに告白するのをためらうシーンがあった。

まさに完璧なタイミングの映画だった。

他にも、レイニーの仕事の意味や目的を問うたり、

恋人との関係は真の愛や本当に大切な目的に基づいているのか、とか、

親や姉との関係を正直に見直したり、

最高の人生の見つけ方」と同じようなテーマの流れが演じられて、

本当に今、まさに自分が今観るべき、完璧な作品、

あなたがフェイスブックやブログでやったことは、

間違えてはなかった、その方向で良かったんだ、と、

優しく安心させてもらえた実感がして、泣けた。

フェイスブックで、間違えてアンケートつきの写真をアップしたのも、

予想外で無意識だったけど、結果的に良かった。

「奇跡は意識のコントロール下ではなく、無意識に起こる」

という言葉を思い出した。

完璧なタイミングで、完璧な作品を見せてもらえたのも、

恩寵を与えられている、自分で物事を必死にコントロールしなくても、

完璧に面倒見られている、という感じがして、胸が熱くなった。

本当にありがたかった。ありがとう。