呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

オンライン合宿二日目

Noteで浄土真宗の僧の方の記事を呼んで、コースのメッセージはやっぱり
仏教であれ古代ローマとかギリシャの哲学であれ同じで、
それは普遍的なものなんだ、
ともう一度強く実感されたのがきっかけで意欲がでてきて、

前から惹かれていた合宿にギリギリで申し込んだ。
家族にお金を払ってもらうのを頼むとき、嫌な顔をされるか、と内心ビクビクしながら
頼むと、意外にも平気でいいよ、と言ってもらえて驚いた。
ただお金を負担してもらう罪悪感の痛みと情けなさを強く感じた。
お金を稼ぐのは苦労だからお金を負担してもらうのは犠牲、という信念。
お金=苦労=犠牲を払わせる、という信念。

相手が自分を責めなくても、犠牲の信念があったから、罪悪感の痛みを感じて、
最近サボっていたゴミ出しをして罪滅ぼしをせざるをえなくなった。
自分が軽い犠牲を払って、罪悪の痛みを軽減したい、という気持ちだった。
合宿の内容は全部書くと長くなるけど、
自分はあまり体を動かしたり働いたりできない状態(一瞬で筋肉痛になる)なので、
はるかさんのシェアにとても強く共感していた。
自分の代わりにはるかさんがラファエルやのりこさんに尋ねてくれて
いるように感じた。
ラファエルやのりこさんのはるかさんへの言葉は自分にもズバリ刺さった。
最初は他人の合宿を覗くという気分でいたけど、

全員のシェアが、自分の気持ちを表現しているように感じて、
自分もそこにいて、同じ感情を感じているようで、
心のレベルでつながっている感じが強くあった。
幸せな感情ばかりではなかったけど。
もっと距離感がずっと近く、他人事というより、
同じ心を共有しているような、距離感がすごく近く感じるのが意外だった。
ラファエルも、なんか特別な神秘的な外国の人というイメージだったけど、
すごく身近に親近感を感じた。
夕方にみんなに名前を呼んでもらえたり、

れいさんが「勇気を出してくれてありがとう」と言ってくれたのが嬉しかった。

ありがとうございました。