遅刻の罪悪感
ミーティングに遅刻してしまう罪悪感、
ルールをほかの人のようにきちんと守れず、
はみ出してしまう自分のダメなやつ感、場の雰囲気を乱した感、
無価値感があったことを話せて、
救われた感じがあった。
スクリーンで起こったことが原因ではなく、
心のレベルに眠っていたものに光りを当てるために、
何かしらのストーリーが展開される、
目的は形や行動を自分の定義や固定観念に合わせて完璧にするのじゃないんだ、
ということをKさんに確認させてもらえた。
あーよかったという感じだった。
ただ、ストーリーがきっかけで
自分の罪悪感とか無価値感に触れるときは、単純に恐怖もあるし、
内臓に非常に不快な嫌な感じがする。
そんなときも、
目的は形、成果やアウトカムを完璧にすることじゃなくて、
あくまでも心や知覚に訂正を求める
きっかけにするのが目的なんだ、
ということを思い出したい。
それをする余裕がないときもよくあるけど。