呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

映画リトリートSweet Novemberと自己概念とナイアガラの滝

https://youtu.be/SCXarLysH7M

1:13:45くらいで、デイビッドが、

「わたしたちは、エゴが作ることのできる、

あらゆる虚構の自己概念において、

必ず失敗するように運命付けられています。」と言う。

ある医療関係のおそらく看護婦をされていた学習者の方が、

数年前に体調を崩して、それから体をあまり動かせなくなり、

仕事で遠くの現場に行くことができなくなって、

そこにいた患者や同僚の人たちと会えなくなり、

しばらく鬱になっていたという話を聞いて、

長年コースを学んだ人でもこうなるのか、

と心底怖くなったときのことを思い出した。

映画では、キアヌ・リーブスの自己概念は宣伝マンで、

映画の中ごろでホットドッグの宣伝マンというなんか俗っぽく

思える仕事で失敗するけど、

医療関係で看護や介護をするような、

正しくて善良に見える仕事の立場の人でも、

それも自己概念なのか、と思った。

これですら外的な探求の範疇になるのか。

デイビッドは、自己概念がダメになるのを、

「Crash&Burn」と笑いながら話していたけど、

京都アニメーションのスタジオが燃えたときは、文字通り、

Crash and Burn、だった。

以下はネタバレあり。

 

 

映画の最後で、別離が描かれる。

せっかく仲良くなったのに、別れる寂しさ。

またしても、寿命があとわずかな人の映画だった。

寿命がわずかなサラが姉と確執があったのも、

『Life or something like it』と同じだった。

デイビッドが別の何かの動画で、

特別な関係はナイアガラの滝みたいなもので、

川を平和に流れているときは幸せだけど、

急に落ちるときが来る、

だから私たちは、川や滝から引き上げてもらう必要がある、

と言っていたのを思い出した。

デイビッドが、この映画はニコラス・ケイジの『Family Man』

と似てると言ってたけど、確かに、

男性の主人公がビジネスマンという自己概念で成功して有頂天になっていて、

そこで突然、Family Manではニコラスケイジが平行世界の

妻子と、

Sweet Novemberではキアヌが初対面の女性サラと一緒に生活することになって、

ビジネスマンとして成功するのが幸せとは限らない、

ということを主人公がやっと学んで、妻子や恋人と仲良くなった矢先、

突然別れることになってしまい、主人公は喪失を経験する、

という流れが同じ。

ヒロインのサラが別れ際に、

「わたしとの思い出を思い出して、それが全て」

みたいなことを言うけど、デイビッドは、

神のことを思い出すのが全てだ、と言い換えていた。