呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。デイビッドはDavid Hoffmeister氏で、ワプニック博士はKenneth Wapnick博士てす。MWGEはコース学習者のための映画紹介サイトhttps://mwge.org/ です。

ハルヒとコミュニケーションとマトリックスとビューティフルドリーマー

またマトリックスを見たら、

マトリックスハルヒビューティフルドリーマー

つながりがどうしても気になって、

書いておきたくなったので、つい書きます。

前にも書いたハルヒの5話で、

主人公の男の子がハルヒと並んで歩いて、

「こうやってかわいい女の子と並んで歩く青春に憧れていたけど、

実際こいつと歩いても全然楽しくないし、幸せを感じない」

というシーンがあった。

何でだろうと思ったら、

2人の間にまともなコミュニケーションが全然ない。

ハルヒはいつも自分の計画や判断を実現するために、

強引に巧妙に他人を利用したりしようとするばかりで、

相手の気持ちを感じて腹を割って話すようなことが全然ないから、

カラダは主人公と一緒に並んで歩いていても、

心のつながりがほぼない。

そうかと思えば、意外にも、夕暮れの別れ際に主人公に人生への絶望感や

もがいて苦しんできた過去を無防備に話すけど、

主人公は何も言ってあげることができないで、

ただ立ち尽くすばかりなのをハルヒが見て、

「やっぱり、その他大勢の普通の人間に自分の悩みを話しても、

何の進展も変化もない。話すだけ無駄だった。期待するんじゃなかった」

という感じで、素っ気なく帰る。

このシーンで、

ハルヒは自分の人生への絶望感とか無価値感を抱えながらも、

どうせ周りの他人も大したことない頼れない存在で、

希望や答えの糸口を期待してコミュニケーションをとっても、

どうせ無駄なんだから、他人には心を閉ざして、

自分の計画や判断や努力を頼りに、少しでも特別な存在になって、

自分の人生を良くしよう、もうそれしか希望がないんだから、

という感じに「どうせ他人はこんなもんなんだよ」と決めつけて、

心のシャッターをガラリと閉鎖して、

強気で傲慢なマスクを被りながら、

内側の絶望感からなんとか逃れようとしているキャラクターなんだ、

というのが見えた。

だから第1話で、ハルヒは、

「普通の人ではない存在、超能力者とかにしか興味ない」

と言い放っていた。

普通の人に絶望感を感じていたから。

同じようにマトリックスでは、

ネオはサラリーマンとしての平凡な生活に退屈して、

凄腕のハッカーか何かと思われていたモーフィアスを必死に探していた。

ちょうど映画「ソラリスhttps://youtu.be/dHB57S8_3wY

みたいに、主人公の男の子とハルヒが出会った瞬間から、

ハルヒが望んたり考えたりすることが瞬時に実現したり、

ありえない現象とか偶然の一致が起きはじめて、

周りの人たちにも多大な影響が及ぶけど、

ハルヒ本人はまるで気付かず、自覚がない。

まるで、「他人や現実は所詮この程度、こんなもん」という、

自分の定義や固定観念の範囲から少しでもハミ出したものは、

全く知覚できなくなるかのように、気付かない。

すっかり否認して忘れている。

それでいて、UFOとか普通の現実を超えるようなものに憧れていて、

普通の日常生活や人生に僻遠して不満を抱いて、被害者になっている。

主人公は真相に気づいているけど、

ヒロインが自分の心の力をすっかり忘れて否認して、

被害者になっている、というのは、

アニメの世界では伝説になっている押井守監督作品の、

1984年の「うる星やつら2ビューティフルドリーマー

というアニメ映画と全く同じ構造になっていて、

ビューティフルドリーマー」が「ハルヒ憂鬱」の元ネタになっている、

というのが通説になっている。

ラムちゃんが夢を見てニセモノの世界をねつ造するけど、

本人は夢を見ていることにいつまでも気づかないから、

夢から脱出できなくなる、という流れ。

押井守といえば、「攻殻機動隊2 GHOST IN THE SHELL

が「マトリックス」の元ネタになったことで、

攻殻機動隊2の電脳世界のシンボルカラーだった緑色がマトリックスで使われたり、

マトリックスのコードの中にカタカナが混ざったり、

アクションシーンも攻殻機動隊2とそっくりだったり、

リローデッドとレボリューションのラストシーンが

攻殻機動隊2のラストシーンとそっくりだったりして、

マトリックスの監督が、押井守に直接会って、

「わたしはあなたをパクったわけじゃないから!」と否定して、

押井守が、

「わざわざ言わなくていいから、(パクったのは)わかってるから」

と言ったほど、似ていることで有名。

ビューティフルドリーマー攻殻機動隊も、マトリックスと同じで、

「今見ている日常生活は夢なんじゃないか、ニセモノの、

巧妙にねつ造されたハリボテなんじゃないか」

という疑いや問いかけと共に依然の世界観が崩壊していく、

というのがテーマ。

ハルヒの憂鬱」と「マトリックス」は、

両方とも押井守監督作品から強烈な影響を受けているので、

作品の系譜から言えばいとことか親戚みたいな関係になる。

押井守から生まれた作品の遺伝子を受け継いで作られているから、

現実の固定観念がだんだんと崩壊していって、

世界のベールが剥がれていく、という流れが共通している。

ビューティフルドリーマー」はギブアップの会で教えてもらって、

うる星やつら」もハルヒと同じで、一見したところ、

まさにかわいい女の子と主人公がいちゃいちゃするだけの作品だけど、

うる星やつらのことを知らずに見てみたらめちゃくちゃ良かった映画なので、気が向いたら見て下さい。

ナウシカと同年の作品で、元アニメーターだった宮崎駿の奥さんが、

「あなたにはとてもこんな作品は作れないわね」と宮崎駿に言って、

宮崎駿が怒ったほど、

あまりにも良くできていて、インセプションみたいに、

夢と現実がテーマで、何回見ても発見がある映画です。

ちょうどインセプションみたいに、最後のシーンで、

夢なのか現実なのかわからなくなる演出がありました。