呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

俳優M

Mさんが亡くなったとき、本来アウトな失礼を承知で、癒しのために書かせてもらうと、いい気味だ、というか、嫌いな他人の不幸を喜ぶ気持ちを感じた。

見た目や肉体が優れてるという、特別さを振りまき、活躍して、注目されて、優越感、特別さを承認してもらえる感、特別性を振り回して、ナイスな特別性をアピールしてるのが、気にくわなかった、羨ましかったのかな。特別性の、罪深いというか、邪で醜いように思える欲望。

美しく魅力的な特別性を思いっきり振り回して、思いっきり特別性をアピールして、特別性を、みんなに賞美して、認めてもらうのは、赦せない。自分より劣った誰かから、羨ましい、と思われたい。そういう、病み付きになりそうだが、卑小な醜い欲望に身を任せて、突き進んだら、そりゃ最後は不幸だよな。

これで、特別な魅力を追求したら、最後は不幸になるのが、また証明されたな。

自分は奇跡講座やってるから、救われるはずだけど、特別性の道に行ったら、、ああなるのもしょうがない。という感じだった。

女性に人気なのが羨ましかった、女の子たちから求められるのが羨ましかった。いや恥ずかしい。

女性に求められたい、という気持ちがあるから、羨ましくて、赦せなかったのか。女性に愛されたい、求められたい。うわー、特別な愛を求めてる。うわぁ、、劣等感か。