呼んでいる胸のどこか奥で

2016年から奇跡講座を学んでいます。

マイティコンパニオンへの抵抗 Gのレコンギスタ

のりこさんたちのことを知ってから、2016年とかの最初は、自分はのりこさんを信じて、救いを見て、求めてるけど、騙されているか?のりこさんはニセモノで、自分は利用されるんじゃないかとか、疑いが去来した。

真我なるハートのメンバーに対しては、正直、抵抗を感じた。

はっきり言えないけど、自分が飲み込まれて、グループに組み込まれて、

自分の個人的な自由、個人的な波風立たない安全、自分が自分の道とか人生を選ぶ、「個人の選択の自由」がなくなって、ある種支配されてしまう気がしていた。

でも、ライブや勉強会動画や、ブログを見るうち、個人でバラバラに生きて、選択の自由を保持し続けるより、むしろ、無防備に開き合えるほうが自由で、広がって、嫌な苦しい感情は出てくるけど、こっちのほうが自由な気がしてきた。自分で波風や動揺から、防御し続けるより、無防備になるほうが、個人の選択の自由は減っていくけど、ゆるんで、広がって自由な感じがする。

書いていて思い出した。Gのレコンギスタというガンダムシリーズの、オープニング「Gの閃光」(Godの閃光みたい)https://youtu.be/LYkAjO8XX5g

で、♬つまらなく 辛い 連続 連続 信じてはいない 騙されて いるか

リアルは 地獄 真実の意味

できると思ってない できると思ってない だからだろう チャレンジだ

今だけが そのときだ

元気のGは はじまりのG ♬

響いた歌詞だけ抜き出しけど、この曲、メインテーマが奇跡どころか、プライドと成功を頑張って掴め、というまさにエゴ的な曲なんだけど、Gというのが神にしか聞こえなかったのと、エゴ的なテーマにもかかわらず、この道に対する自信も信頼もなくて不安と恐怖でいっぱいでしょうがなかった頃の自分に寄り添ってくれたように感じたことと、曲がとにかく新鮮で、前向きで快活な感じが、デイビッドたちや、みんなで祈りながら映画撮影に体当たりで向かうのりこさんたちを思い出させた。そういえば、このガンダムは、主人公が追い詰められると、神の名をコクピットで大声で叫んで、両手を合わせて祈る。